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絶妙

ネタばなしをします。

インターネットの向こうには魔物がいる。

僕が中学生だった頃、世の中では"ファイル共有ソフト"というモノが話題になっていた。

 

 "ファイル共有ソフト"とは、ネット上でデータを匿名でやりとりすることができるソフトのことで、それを悪用した人達がデジタル化された著作物のデータ(映画や漫画など)をネット上で違法にアップロード、ダウンロードするようになり、社会的に問題視されていた。 

 

当時は今ほど世の中がインターネット化していなかったので、アナログな世界で守られていた著作権がデジタルによって侵食されるということは大問題だったのだろう。"違法アップロード""違法ダウンロード"という言葉が世の中に出回るようになったのもこの頃だ。

 

特に有名だったのがWinnyというソフトで、このソフトをつくった金子さんという人は「犯罪を助長するツールをつくった」というレッテルを貼られて、なんと逮捕されてしまった。後に最高裁で無罪となったわけだが、当時の世の中では仕組みとなるソフトウェアをつくっただけの人を逮捕するようになるほど、"ファイル共有ソフト"による著作物の不正利用が問題となっていたのである。

 

そんな社会問題になっていたファイル共有ソフトに、僕も手を出してみたことがある。

こんなことを書くと違法ダウンロードをしていたんじゃないかと思われるかもしれないが、そこは安心してほしい。未遂である。著作物に辿り着く前に偽ファイルを掴まされてパソコンがウイルスに感染して頓挫したため、幸いにも罪は犯していない。

 

 

当時の僕はパソコンのことなんて何一つわからなかった。なのでまず、書店でファイル共有ソフトの特集本を購入した。

 

本によると、ファイル共有をするにはソフトをインストールするだけでなく、パソコンやネットワークの設定を色々いじる必要があるらしい。なるほど。とても厄介だ。

というのも、当時うちにはパソコンが1台しかなく、かつ、それが置いてあるのは父の部屋だったからである。つまりその設定をするには親が寝静まった深夜に父の部屋に忍び込まなくてはならないということだ。というか、よく考えたら設定できたとしてもファイル共有をする時は毎回深夜に父の部屋に忍び込まなくちゃならない。かなり面倒である。

 

「ファイル共有したいからパソコン買ってくんない?」と親に頼むわけにもいかないので、しぶしぶ深夜に忍び込んで設定をすることにした。ないものねだりをしても現実は変わらない。配られたカードで戦うしかないのである。

 

 

特集本を買ったその日から"深夜に父の部屋に忍び込み、パソコンの設定を変更する。"というスパイのような生活が始まった。

 

電気をつけるとトイレに起きてきた親に気づかれる危険があるため、作業を行うのは暗闇の中だ。灯りの点いた自室で本を読み、設定内容を覚えて父の部屋に向かい、暗闇の中ひたすらパソコンをいじるのである。

本の付属CDの中にWinMXというファイル共有ソフトが入っていたので、ソフトのインストールは一瞬で完了したが、ポート開放、ファイヤーウォールの許可、TCP/UDPなどの設定にはとても時間がかかった。

というのも、父の使っているパソコンの管理者権限パスワードが必要になったり、ルーターのIDとPWが必要になることが多々あったからだ。

しかし、父の個人情報からパスワードを推測したり、父がパスワードを打つ様を目に焼き付けたり、パスワードを総当りで解析するフリーソフトを使ったりして、なんとかこの難所を乗り越えた。

ここまでで本を買ってからだいたい3週間かかったように思う。

 

 

そんなこんなで、僕はようやくファイル共有の大海原へと漕ぎ出した。

コロンブスは大海原に漕ぎ出してアメリカ大陸を見つけたが、僕がファイル共有という大海原で見つけようと思っていたのはAとVの組み合わせのアレである。オーディオビジュアルではな方のアレだ。

コンビニで紳士向けの本を買いたくても買えない年頃だった僕は、紳士向けのコンテンツに辿り着く手段としてファイル共有に活路を見出したのだ。

 

「この女優のこの作品が見たい!」というものはなく、何でもいいから紳士向けのものが見たかった僕は、WinMXの検索欄に「エ◯」とか「A◯」とか「巨◯」といった偏差値2みたいなワードをたくさん投げ込んだ。

そして検索結果に表示された紳士的なタイトルのファイルに対して、片っ端からダウンロードのリクエストを行った。 

ダウンロードが終わると指定のフォルダにファイルが生成されるとのことなので、フォルダを開いて待機。

 

ズボンを脱いでトランクスを一丁でワクワクしていたが、少し経ってから異変に気づく。おかしい。30分経ってもファイルが1つも出てこない。

首をかしげながらWinMXのダウンロード画面を見てみると、ダウンロード完了予定の欄に「ダウンロード完了まで40時間」というメッセージが表示されていた。絶望である。

あと40時間もトランクス一丁でいられるわけがない。親が起きてくる。あと寒い。

 

苦し紛れに複数ファイルをリクエストするのを止めて1つのファイルだけをダウンロードするようにしてみたところ、「ダウンロード完了まで28時間」になった。12時間も短縮されたのは劇的な進歩だが、無慈悲さはあまり変わらない。

つまるところ、我が家のインターネット回線は紳士向け動画をダウンロードするには貧弱過ぎたのである。"The net line of our household was too weak to download SHINSHI MUKE MOVIE."だ。

 

「紳士向け動画ダウンロードしたいからネット回線強くしてくんない?」と親に頼むわけにもいかないので、しぶしぶそのままの回線で辛抱強くダウンロードをすることにした。ないものねだりをしても現実は変わらない。配られたカードで戦うしかないのである。

 

 

"深夜に父の部屋に忍び込み、パソコンの設定を変更する。"という生活は終わりを告げ、ファイル共有を始めたその日から、新しい生活が始まった。

 

新しい生活リズムは"夜中の1時にダウンロードを開始して、5時に起きてダウンロードできているか確認する。ダウンロードが完了していなかったら中断し、翌日の1時からまたダウンロードを開始する。"というものだ。

1日4時間ずつ、1週間かけて、1つのファイルをダウンロードする。手強い獲物を1週間かけて追い詰めていき、最終日の朝5時に、ファイルのダウンロードが完了しているかどうかを確認するのである。

 

ダウンロードが完了していた時の気分は格別だった。早朝に紳士向け動画を見るわけにもいかないので、その時はそっとパソコンを閉じるのだが、学校へ行っている間もニヤニヤが止まらなかった。

 

しかし、その喜びは長くは続かなかった。

というのも、苦労してダウンロードしたファイルたちがことごとくニセモノだったからだ。

 

ファイルをダブルクリックすると「ファイルが破損しています」と表示されたり、ウイルスが仕掛けられていてデスクトップのアイコンが全部女性の胸部になったり、ブラウザが立ち上がってワンクリック詐欺を見せられたり、オッサンとオッサンが愛を育んでいる映像が表示されたり、様々なやり口で絶望を味わわされた。

 

一番嫌だったのが、ホラー系だ。

ファイルを開くとなんかよくわからん車が遠くを走っている映像が映し出されて、あーニセモノか…と思っていたらいきなり手前にゾンビみたいな男が現れてドアップで大声で叫びだしたり。

アンダーアーマー姿の女性が映し出されて、おっ!紳士的なのが始まった!と思ったら突然画面が暗転し、画面いっぱいに血を流した赤い眼の女が表示されたり。とにかくロクな目に合わなかった。

ネット上には悪趣味なヤツがいるもんだと呆れたことを覚えている。

 

 

ところで、このWinMXというソフトにはチャット機能がついており、ファイルをダウンロードしている相手からたまにメッセージがくることがあった。

 

送られてくるメッセージは大抵「俺からダウンロードしてるんだからお前もなんか出せよ」みたいなものや「よろしくお願いします」といった定型の挨拶が多いのだが、そんな中で1人、「○○ダウンロードしたいん?何時間くらいかかりそう?」という親身なメッセージをくれた人がいた。

 

「○時間かかります。朝までダウンロードさせてほしいです。」と返したところ、「おっけー!そんかわり朝まで暇やしチャットしない?」と返ってきた。

なぜ見ず知らずのファイル共有者とチャットをしなきゃならんのだ?と思ったが、紳士向け動画をダウンロードするためこれを快諾。WinMXのチャット機能は使いづらかったので、僕らはYahooメッセンジャーに移動した。

 

 

自己紹介をしたところ、相手はゲンさんという男の大学生ということがわかった。

 

ゲンさんとの会話はとても楽しく、刺激的だった。ゲンさんは僕の知らないことをたくさん知っていて、当時の僕にはそこらのお笑い芸人のネタより、ゲンさんの話の方が面白かったように思う。

 

住んでいるところ、学校の話から始まって、将来の夢、好きな女の子の話、セックスの体験談などなど、初対面の相手とここまで話す?みたいなことまで、ゲンさんとはとにかくたくさん話をした。

 

朝になってもダウンロードが終わらなかったので、翌日も同じ時間に集合して、チャットをしながらダウンロードをさせてもらえることになった。

翌々日も、そのまた翌日も...と約束をとりつけて、僕たちは6日連続で会話をした。最高に楽しい6日間だった。

 

6日目の朝、ふとWinMXを見ると、ゲンさんからのファイルのダウンロードが完了していた。

僕はすかさずメッセンジャーで「ダウンロード終わったみたいです!ありがとうございました!」と送った。ゲンさんは「お、どういたしまして。」と返してくれた後、「また何か機会があったら会話しようぜ。」と言い、トークルームから退出した。

 

 

早朝に紳士向け動画を見るわけにもいかないので、その時はそっとパソコンを閉じた。その日は学校へ行っている間もニヤニヤが止まらなかった。家に帰り夕飯を食べている時も早く紳士向け動画が見たくて夜中が待ち遠しかった。

 

深夜1時。いつものように父の部屋へと忍び込み、パソコンを立ち上げる。そしてWinMXのダウンロードフォルダを開くと、今朝ダウンロードしたファイルがそこにある。

 

僕がダウンロードしたファイルはゲンさんのお墨付きで、彼曰く「コイツはすげえ。コレを見たらコレ以外じゃハッピーエンドできなくなる。」とのことだった。

テンションアゲアゲでティッシュボックスをセットし、僕はゲンさんからもらったファイルをダブルクリックした。

 

プレーヤーが立ち上がり、画面にアンダーアーマー姿の女性が映し出された。

 

んん?

 

お待ちかねの紳士的なのが始まったのだが、なにか違和感がある。

おかしいな、なぜだろう。

あれ?これもしかして、前に見たことあるやつじゃ...

と思った次の瞬間、画面が暗転。画面いっぱいに、血を流した赤い眼の女が映し出された。

 

既に経験済みのホラーだったが、この時はめちゃくちゃビックリした。

100%紳士的なのが来ると信じてキャッチャーミットを構えていたのに、ホラーが来たものだからそりゃビビる。

 「うわぁ!」と叫びながらプレーヤーを終了させた。 

 

おかしい。このファイルはゲンさんからもらったものなのに、なんでこんな映像が表示されるのか。

しかも動画を再生してから、デスクトップのアイコンが全部女性の胸部になっている。

恐る恐るもう一度再生してみたが、表示されたのはやはり同じ映像だった。

 

悲しい事実だが、ゲンさんが僕にくれたのは偽ファイルだったらしい。

 

 

この体験はトラウマだが、僕のインターネットリテラシーを向上させてくれたという点においては、いい教訓である。

 

ネット上でどんなに親密になったとしても、相手の本性なんてものはわからない。

 

紳士向け動画をくれる親切なお兄さんは偽ファイルをダウンロードさせる相手と6日間も親身に会話をするサイコパス野郎だし、出会い系サイトで知り合って毎日メールをするほど仲良くなった女の子の正体はオッサンだし、オンラインゲームで知り合った自称堀北真希似のあの子はリアルではカマキリみたいな顔の化物だ。

 

インターネットの向こうには魔物がいる、僕達はそう肝に銘じて生きていくべきなのである。